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言葉のクスリ

蕪村「北寿老仙をいたむ」

君あしたに去りぬゆふべのこころ千々に

何ぞはるかなる

君をおもふて岡のべに行つ遊ぶ

をかのべ何ぞかくかなしき

たんぽぽの黄になづなのしろう咲きたる

見る人ぞなき

雉子のあるかひたなきに鳴くを聞けば

友ありき河をへだてて住みにき

へげのけぶりのはと打ちれば西吹く風の

はげしくて小竹原真(おざさはらま)すげはら

のがるべきかたぞなき

友ありき河をへだてて住みにきけふは

ほろろともなかぬ

君あしたに去りぬゆふべのこころ千々に

何ぞはるかなる

我が庵のあみだ仏ともし火もものせず

花もまいらせずすごすごとたたずめるこよひは

ことにたうとき

釈蕪村百拝書


※意訳

今朝君が亡くなって夕方に至るまで泣いていた

何とも遠くに行ってしまわれた

君とかつて散歩した岡のべに行ってみたが

どうしてこんなにも岡のべは悲しいのか

たんぽぽの黄色となづなの白が咲き乱れているが

かつて一緒に見たあなたはもう居ないのだ

キジドリがいるのかひたすら鳴いているのが聞こえたなあ

かつての私たちのように河を隔てて住み友を呼んでいるのか

野辺の火葬の変化(へんげ)の煙が西風に揺れている

風が強くて笹原すげ原には

逃れるところもなく身に当たってくる

かつてあなたとわたしが河を隔てて住んでいた頃よく聞こえた雉が今日はもう

ほろろとも鳴かない

今朝君が亡くなって夕方に至るまで泣いていた

何とも遠くに行ってしまわれた

わたしのいおりのあみださまにともしびもせず

花も供えずぽつねんと佇んでいるだけなのに今宵は

格別に尊く思える

蕪村が伏してしたためました


※鑑賞

言葉のクスリ、蕪村の俳詩をご紹介いたします。蕪村の癒しパワー、まぎれもなくブレインフードです。

俳画人与謝蕪村には3編の俳詩が残されています。この「北寿老仙をいたむ」、「春風馬堤曲」、「澱河歌」です。江戸時代に後にも先にもこのような形式の詩歌は無く、萩原朔太郎は「この詩の作者の名をかくして、明治年代の若い新体詩人の作だと言つても、人は決して怪しまないだらう」と述べたそうです。素直なみずみずしい感情が奇跡のような文体で表現されています。

蕪村が未だ宰鳥と号していた27歳の青年時代、下総の結城(茨城県結城市)に師匠早野巴人の兄弟子砂岡雁宕(いさおかがんとう)を頼って寄寓していた時、川の反対側に、宝井其角門下の酒造業を営みつつ俳句を嗜んでいた早見晋我が住んでいて3、4年の間親交をあたためていたのですが、延享2年(1745年)1月に晋我が75歳で亡くなってしまい、蕪村が墓前に追悼の詩を捧げたのがこれです。

「君あしたに去りぬゆふべのこころ千々に」というのは、「千々に乱るる」という意味でしょうか。午前中亡くなって夕方まで泣きとおした様子が伺えます。これは臨終にも立ち会ったということでしょう。家族でもないのに、最後の別れに駆けつけていたのですね。それだけ親しい関係だったのでしょう。

「何ぞはるかなる」というのは、何とも遠くにあなたは行ってしまったと嘆息しているんですね。まだ一日も経っていないのに、もう二度と会うことができない場所にあなたは行ってしまった。

「君をおもふて岡のべに行つ遊ぶ」「をかのべ何ぞかくかなしき」この句は衝撃的でした。追悼の詩で「かなしい」ということばを使うのは文学としてはルール違反の拙さと言っても過言ではありません。普段の句作では絶対にこのような表現は使いませんが、蕪村はここでは敢えて「かなしい」と言い切ってしまいました。その拙さに蕪村の気持ちが強く出ています。

「たんぽぽの黄になづなのしろう咲きたる」という黄色と白の鮮やかなコントラストは俳句の描写、写生句のようです。この生命力にあふれた景色と、故人の亡くなってしまったことが、悲しいコントラストを表現しています。

「へげのけぶりのはと打ちれば西吹く風の」「はげしくて小竹原真(おざさはらま)すげはら」「のがるべきかたぞなき」というのは、従来解釈が難しいとして様々な読解が試みられています。「変化(へんげ)」と解釈するのがひとつの見解になります。野辺の火葬の見送りの煙が、生身の身体から、天上の世界への変化が、煙に仮託して表現されているのかもしれません。その煙が西風に揺られているわけです。その西風が強くて、蕪村の顔に吹き荒んでいるのです。「のがるべきかたぞなき」というのは、一面の笹原と菅原には風よけとなる場所もないので、風を避けることができないと言っているわけですが、これは、友の死から逃れることはできないということも意味しています。友の死は事実であり、現実逃避できない、抗うことはできないのだというわけです。

「我が庵のあみだ仏ともし火もものせず」「花もまいらせずすごすごとたたずめるこよひは」「ことにたうとき」の結句は、蕪村の庵で質素な仏様に、いままでともしびも献花も捧げてこなかったが、今宵は特別にありがたく感じられるという感慨ですね。何故ありがたく感じられるかと言えば、それは、故人が仏様になって仏像の中に入ったからなんですね。友は無くなって煙となって天上に上ってしまったが、この粗末な庵のほとけさまの中に戻ってきてくれた心地がするというのです。火葬の煙と、仏像のともし火が対比されています。

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